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市場原理が人間から思いやりを奪う―イスラエルでの実験例―

たとえば何らかの良くない行動を禁止させようとして、誰もが思いつく単純な方法として「罰金を科す」というものがあるでしょう。

でもそんな『「罰金」という市場ルールを持ち込むことが、時として人間の規範意識や道徳心を低下させることがある』、そんな実験結果があります。

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保育園のお迎え。遅れてくる親を減らすには

経済学者のU・ニーズィーさんとA・リストさんは、お迎えに来る親の遅刻が多いイスラエルの保育園で、遅刻した場合に罰金を課すという実験を行いました。

(Gneezy, U. and A. Rustichini. 2000. “A Fine Is a Price.” The Journal of Legal Studies 29(1): 1-17.)

実験は次の通り。

①:10施設の保育園において、まず最初の4週間は何もしない

②:その後5週目から、10施設のうち6施設で、迎えに遅れた場合で290円ほどの罰金を課す

③:罰金制度は16週まで続き、17週から再び罰金制度を無くす

④:20週まで実験を続ける

結果は・・・?

さて結果は次のようになりました。

・罰金ルールを導入後、迎えに遅刻する親が約2倍に増えた

・罰金ルール導入後、再度罰金が無い状態に戻したが、遅刻する親は減らず、変わらないままだった

なかなか興味深い結果が出ました。

罰金制度を取り入れたことによって、遅刻が減るどころかむしろ増えてしまいました。この結果について、ニーズィーさんとリストさんは「罰金を取り入れることで「遅刻」の意味が変わってしまった」ためと結論付けています。

どういうことでしょうか?

すなわち罰金導入前において、迎えに遅刻しないことは、保育園スタッフに対する親の罪悪心や道徳心によって成り立っていました。しかしこれが、罰金導入後は 「少々のお金を払えば、迎えに遅れても良い」という意識を芽生えさせ、そのため親の行動を変えさせてしまったわけです。

市場ルールが思いやりを消失させる

この結果をどう評価すればよいのでしょうか。

もし仮に、ただ迎えの遅刻をなくしたいというなら、今回の実験のように低額ではなく高額の罰金にすればいいだけかもしれません。

しかし問題は今回の実験のように「それまで道徳や相手への思いやり、信頼といったもので成り立っていたものに罰金という市場のルールを持ち込むと、道徳や思いやりが消えてしまう」というところにあります。

そして今回の実験は決して例外ではありません。

例えば献血のお礼として少額の支払いを行ったところ献血してくれる量が減った (Titmuss, R.M. ;1971) という事例や、罰金を導入したことにより労働への努力が低下した事例 (Fehr, E. and Gachter, S. ;2000) など、同様の例はたくさん存在します。

別の言い方をすれば、人間の行動は道徳的なルールと経済的なルール、どちらか一方ではなく、それぞれのルールで成り立っているということです。

例えば、モノの購入のような経済的利益が直接生じる場合には、経済的なルールにより支配される行動が、今回のお迎えのように、あまり経済的利益が生じない場合は道徳性や信頼、または互酬性(思いやりのお返しあい)など道徳的なルールに基づいた行動が尊重されるというわけです。

すなわちここから言えるのは、市場ルール、もっと言えばいわゆる「市場原理」をありとあらゆる場面において適用することは、時として人間の思いやりを低下させるような場合もあるので良くないかもね、ということでしょう。

おすすめ本

今回の実験を行った、ウリ・ニーズィ氏の本。

ーーー

・続きのような文章(外部の兄弟サイトに飛びます)

「そもそも経済学を学ぶ人は、利己主義的な人が多いことが実験で明らかにされている」

参考文献

Titmuss, R. (1971). The gift of blood. Society, 8(3), 18–26.

Fehr, E. and Gachter, S. (2000) “Cooperation and punishment in public goods experiments,”
American Economic Review, 90(4), 980-994.

Marwell, Geraldand Ruth E. Ames. (1981) “Economists Free Ride, Does Anyone Else?” Journal of Public Economics 15: 295‒310.

Gneezy, U. and A. Rustichini. (2000) “A Fine Is a Price.” The Journal of Legal Studies 29(1): 1-17.

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