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「最低賃金の上昇が必ずしも雇用を減らすわけではない」という経済学の基本すら知らない自称・経済ジャーナリスト

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「エキタス」のロゴ

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最低賃金を時給1500円にすることを求める「AEQUITAS」のデモが行われる

(元題「ジャーナリストの石井孝明さん、最低賃金の上昇が必ずしも雇用の減少を招くわけではないですよ」からタイトルを変えました。あまりにもdisりすぎたタイトルだと思ったので…)

・「最低賃金を上げたら、雇用が減る!!」

先日2015年10月17日、学生や若者を中心とする団体「AEQUITAS」(エキタス、ラテン語で「正義」「公正」の意味)が、最低賃金を時給1500円にするよう求め、東京・新宿にてデモを行いました。デモでは最低賃金の値上げを中心に派遣法改正や増税まで広い内容が訴えられ、主催者発表で700人が参加したとのこと。

さてこういう最低賃金上昇デモみたいなものがあると、必ずモノ知り顔の「事業通」がこう反論します。

最低賃金を上げたら、雇用が減る!!

例えば次のコレ。時事通信社の元記者で現在は経済ジャーナリストである石井孝明さんの発言。

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確かに単純な話では最低賃金の上昇で雇用量は減少しますね。なぜそうなるのかについての詳細は後述しますが、しかしながら実際のところはそんなわかりやすい話ではなく、最低賃金が上昇しても雇用が減少しない場合があります

事実、米ニュージャージー州において1992年に行われたマクドナルドへの調査では、最低賃金が引き上げられても雇用量は減少しませんでした(カード・クルーガー実験)。

(なぜマクドナルドで調査が行われたのかといえば、これは日本でも「タウンワーク」や「an」を少し開けばわかるように、基本的にマクドナルドのようなサービス業は時給が低く最低賃金周辺の金額であることがほとんどなので、最賃上昇の効果を調べやすいからです。)

最低賃金を上げても雇用量が減少しないという現象はなぜ起こるのでしょう。そのことを考える前に、まずは時給が成り立つメカニズムを理解する必要があります。

1.時給が成り立つメカニズム

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図1:時給決定のメカニズム

基本的に企業は人を安く雇いたい。だから賃金が安ければ安いほど需要量が増える右下がりな需要曲線Dが出来あがります。一方、労働者は基本的に賃金が高いところで働きたい。そのため賃金が高ければ高いほど量が増える左下がりな供給曲線Sが成り立ちます。そしてこの「人を雇いたい企業側の思惑」と「雇われたい労働者の思惑」が価格調節機能によって調整されることにより、「時給p」と「労働供給量q」が決定されます。

2.最低賃金が失業を生むケース

そして、石井さんが言ったのが次の理屈。仮に最低賃金が均衡価格より不当に高く設定されると、高い賃金によって働きたい人が増える(q1)一方で、企業側の求人は減るため(q2)、q1-q2の量の分だけ、働きたくても働けない失業者が生み出されることになります。この状態では、最低賃金を上げるとさらに失業者の増大=雇用の減少が発生することになります。

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図2:最低賃金により失業が生まれるケース

3.最低賃金の上昇が雇用の減少につながらないケース

さてここで90年代中頃によくあった小咄。田舎町に突如ヤ○ダ電器がオープン、その圧倒的な安さで地元の商店街にある小さな電気店の数々をバッタバッタ根こそぎ倒し、ついには地元で唯一の電気店となりました。そしてオンリーワンとなったヤ○ダが何をしたかといえば・・・、安く売っていた製品価格の大幅な値上げでした。下手するとヤ○ダが来る前より価格が高い商品まで出てきたりするブラックユーモア。

これなどは独占状態が発生することにより殿様商売が可能になったために起きた現象です。一昔前の田舎はイ○ン(当時はジャ○コ)やイトー○ーカドー進出後など、似たようなケースをしばし観察することが出来ました。こちらは田舎ではなく全国区の話ですが、最近の通販業界Amazon様1強でも似たような兆候はありますね。

ハイ本題。これと同じことが労働市場でも起こる場合、すなわち独占企業など企業側の立場が強い状況が生まれると、企業は人件費を必要以上に買い叩き賃金の過度の低下が生み出される事態が発生します。下図の賃金p2がそのケース。適正賃金pより明らかに下回っていますね。このp2の状態では雇用量もq2と、適正状態qより少ないものとなっています。

そのため、この場合では適正状態(賃金p、労働量q)より人も金もまだ少ないため、たとえ最低賃金を上げても雇用量は減少しません

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図3:最低賃金の上昇が雇用の減少を意味しないケース

図3からもわかるように、独占企業においては支払う賃金を低くするために雇用を減らします。この場合、最低賃金を導入することで独占企業の行動を阻止することができ、それによって雇用を減らすどころか(ある程度の)雇用増加すら見込めることが出来ます。先ほどのカード教授とクルーガー教授による米ニュージャージー州の調査結果もこの1例。

ですから結局のところ、石井さんみたく単純に「最低賃金の上昇は雇用量の減少ガー」とは言えません。最低賃金と雇用の関係は、結局のところよくわかっていないのです。より正確に言えば、社会事象というのは様々な要因が絡みますから、その都度結果は異なり、今回のような、石井さんが示すような単純なメカニズムで説明きれる話ではないのです。

事実OECDが刊行する労働雇用状況概観『OECD Employment Outlook』でも次のように記されています。

単純な経済学の理屈は、法定最低賃金や高すぎる労働コストが低生産性労働者の雇用への障壁になると指し示す

しかしながら、最低賃金の結果としての雇用喪失の規模を図ることは困難であると証明され、各国で設定されている最低賃金によってどれだけの仕事が失われたかについては顕著な不確実性がある。実際、最低賃金の雇用に対する否定的な影響の経験的証拠は入り混じっている。

“OECD Employment Outlook 2006”より。訳引用は「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」さんから

そして最低賃金の上昇による所得再分配効果が大きいことから、最近ではクルーグマンやビル・ミッチェルなど最低賃金の上昇を積極的に訴える経済学者も目立ってきています。

ビル・ミッチェル氏が自身のブログ記事で示した次の図4を見てみましょう。縦軸が失業率、横軸が実質連邦賃金ですが、まあ明らかに関連性は認められませんね。

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図4

経済ジャーナリストを名乗っている石井氏ですが、今回のカード=クルーガーの話を知っているかはわかりません。これは邪推ですが、おそらくご存じで無かったのではないでしょうか。なぜかと言えば、

  • 就職=出身大学しか聞かれない日本の大学教育システム、とくにそれが当てはまる文系学部では学生がまともに勉学するインセンティブがない
  • では卒業後だが、すべてのマスコミは客商売の側面があり、特にフリージャーナリストのような立場の弱い人間は、客の求める心地よい話のためならいくらでも事実を捻じ曲げて書く必要があるからまともに勉強するメリットなど毛頭ない

くわえて経済学部の教育システムの構造的な事情もありそうです。すなわち、学部では物事をわかりやすく進めるために「極度に単純化したメカニズムに基づいた、自由市場のすばらしさ」が教育されます。

そしてようやく上級学部~大学院になって、その素晴らしい自由市場が時と場合では万能ではなくなるケースがあり、単純なモデルによる理屈では物事が成り立たず、結局、実証結果を見なければ事実が分からないことを勉強していきます。

今回の話はそういうわけで、学部上級~大学院の話となるわけですが、しかし大抵の経済学部の人は学部で卒業して勉学を止めます。から結果的に、今回のジャーナリスト氏のような「極度に単純なメカニズムで物事を単純に断定して能書きを垂れる」元・経済学部生が世の中には大量にはびこるわけです。

・まとめ

長々と書いてしまいました。まとめると次のようになります。

①:単純なレベルの話では「最低賃金を上げると失業者が増える」ことが成り立ちます

②:実際は、最低賃金と失業の関係がそれほど厳密に言えるわけではありません

③:経済学部の学部卒の人は教育カリキュラムの都合上、中途半端なところで勉学を止めますから、結果、今回のジャーナリストの方のようなわかりやすい市場主義者になります

参考文献

濱口桂一郎「OECD雇用見通し2006の低賃金論」hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳),2007年5月22日

Bill Mitchell “Minimum wages 101” Bill Mitchell – billy blog, March 27, 2009

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