マクドナルド時給1500円デモ
ファストフード店で働く人々の賃上げを求める「ファストフード世界同時アクション」というものが今月15日に全国各地で行われたそうです。
ファストフード店などで働く人の賃金アップを求める世界的な取り組み「ファストフード世界同時アクション」に合わせ、東京・渋谷など24都道府県30都市で15日、アルバイトの若者らが時給1500円の実現を訴えるアピール行動をした。
(…中略) 東京では個人加盟の労働組合が中心となって実行委員会を結成。この日、渋谷のマクドナルドの店舗前では約50人が「時給1500円が常識」「働き過ぎはもう終わりだ」などと書かれたプラカードを掲げて賃金引き上げをアピールした。総菜屋でアルバイトをしながら求職中という藤川理恵さん(23)は「時給は最低賃金より2円高いだけの890円で、とても生活できない。希望の持てる賃金がほしい」と話した。
さて今回の「時給1500円アクション」といった類のことが話題になった場合、必ずと言っていいほど否定的な意見が出てきます。
■時給1500円の世界で起こる事。
まずは雇用が減る。給料の高い従業員を雇うとよそと競争が出来ない。全業種の従業員が時給1500円以上なら条件は同じじゃないか、と思われるかもしれないが、今までは人の手でやっていたことが、高コストになるのなら機械に置き換えよう、という事になる。
ブロガー氏のご託宣はさておき、実際のほどはどうなのか。それでは過去の研究結果から考えてみたいと思います。
最低賃金の上昇で雇用は減るのか?
最低賃金の上昇に関する話題でよく言われるのは「最賃の上昇によって雇用が減少するのかしないのか」ということです。先ほどの中嶋氏も次のように述べています。
■時給1500円の世界で起こる事。
まずは雇用が減る。給料の高い従業員を雇うとよそと競争が出来ない。全業種の従業員が時給1500円以上なら条件は同じじゃないか、と思われるかもしれないが、今までは人の手でやっていたことが、高コストになるのなら機械に置き換えよう、という事になる
結論から先に言えば、確かに理論的には最低賃金が値上げされた場合、雇用が減少するということはありえます。
そしてそのマイナス影響を一番受けるのは最低賃金周辺の賃金を得ている労働者、すなわち、①就業経験が浅い労働者、②未熟練な労働者、といったタイプの労働者であり、具体的に言えば新規学卒者、子育てを終えて労働市場に再参入しようとしている既婚女性、低学歴層といった人々です。
そこで「なぜこのような人々が被害を被ることになるのか」ということですが、これについては、そもそも「労働賃金はどのようにして決定されるのか」について考えなければなりません。
労働賃金の決定メカニズム 通常の説明
そもそも労働賃金はどうやって決定するのでしょうか。話をごく単純にして考えてみると、これは労働需要と労働供給の均衡によって決定されます。
最低賃金が無い場合、労働供給と労働重要はE*で均衡し賃金はw*となります。一方で最低賃金が導入(W1)されると賃金の硬直性が生じ、均衡点はE2へ移動、その結果LS1-LD1の分だけ超過供給が生じ失業が起こります。
今回のように最低賃金をさらに上げた場合を考えてみましょう。ほとんどの働く人の給料は最低賃金をはるかに上回っているので、最低賃金上昇による影響は受けません。
しかし、①就業経験が浅い労働者、②未熟練な労働者など、現時点で生産力が低い人々の賃金は、最低賃金法で均衡水準以上に賃金が引き上げられているため、更なる最低賃金の上昇で失業の憂き目に遭う確率が高くなるわけです。
最低賃金上昇のマイナス影響をとりわけ受けやすいのは10代の労働者と言われています。なぜなら10代の労働者は就業経験が浅くかつ未熟練な労働者であることが多いからです。
さて以上はかなり単純な考察ですが、実際の実証研究においても、80年代には米ミシガン大学のブラウン教授らによって、最低賃金が10%引き上げられると10代の失業率が1~3%上昇するという研究結果が報告され、長くこの説が支配的となってきました。この話はわかりやすく、そして人々の常識にもマッチしますから、現在も幅広く人口に膾炙しています。先ほどのブロガー氏のお話も基本的にこれと方向性は同じです。
話はそう単純ではない
しかしこの常識を破る研究が90年代に現れました。米カリフォルニア大学バークレー校のカード教授とプリンストン大学のクルーガー教授による研究です。
カード教授とクルーガー教授は92年にニュージャージー州で最低賃金が引き上げられた際(アメリカでは最低賃金は州ごとに決定される)に、ファストフード店の雇用量の変化を、隣接し最低賃金が引き上げられなかったペンシルベニア州と比較し最低賃金の影響を分析しました。アメリカのファストフード店の多くは労働者を最低賃金近辺で雇用しますから、最低賃金の影響を調べるのに最適です。
さて結果は驚くべきものでした。理論的な説明と異なり、ニュージャージー州のファストフード店の雇用者数は、隣接するペンシルベニア州に比べて「増加」したのです。
(なぜこのようなことが起こったのかと言えば、それは企業が労働市場において、ある程度の市場支配力を持っていたことから説明できます。例えば「買い手市場」のような需要独占の立場にある企業は完全競争状態にある企業に比べて、雇用も少なくすませることができます(企業側の立場が強いため、雇う人も賃金も適正状態より少ない状態)。そのため最低賃金を上げても適正状態より人も金もまだ少ないため、雇用を増やすことが出来るのです。)
この研究結果が与えたインパクトは大きく、元々は最低賃金の上昇に対して懐疑的であった論者も、この研究結果に影響され立場を変えた人もいます。プリンストン大学教授ポール・クルーグマン氏もその一人です。クルーグマンはこのように述べています。
higher minimum wages leading to fewer jobs — is weak to nonexistent. Raising the minimum wage makes jobs better; it doesn’t seem to make them scarcer.
「最低賃金を上げることが雇用を減らす」ことについては実証性に乏しい。最賃の上昇は職を増やす。減らすことにはならない。
現在ではクルーグマン含め多くの経済学者が最低賃金の引き上げに同意していますが、各氏が同意する根拠は「最低賃金値上げ反対派が懸念するほどには労働雇用へのマイナス影響が実証的には見られないし、それどころかむしろ最賃上昇は所得の再配分効果が大きい」ということにあります。
国民的議論が巻き起これば
とはいえ実際のところ、最低賃金が雇用にどのような影響を与えるのかについては、まだよくわかっておりません。OECDが各国の著名エコノミストを集めて毎年出版している労働雇用状況概観『OECD Employment Outlook』ではこう結論付けられています。
単純な経済学の理屈は、法定最低賃金や高すぎる労働コストが低生産性労働者の雇用への障壁になると指し示す。しかしながら、最低賃金の結果としての雇用喪失の規模を図ることは困難であると証明され、各国で設定されている最低賃金によってどれだけの仕事が失われたかについては顕著な不確実性がある。実際、最低賃金の雇用に対する否定的な影響の経験的証拠は入り混じっている。
“OECD Employment Outlook 2006”より。訳引用はhamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)から
いずれにせよ、今回のブロガー氏のように雇用やら競争力やらを引き合いに「マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ」などと主張するのはかなり短絡的だということがわかります。
(※時々「経済学者は皆100%最低賃金廃止を主張している」などと口にする自称経済学者がいますが、そのような人もかなり短絡的です)
それにしても、アメリカではカード=クールガーの研究のあと、マスコミ、政党、学界等々あらゆるところで最低賃金の論争が巻き起こり、主張に支持するしないはともかく、国民の関心がとても高くなり、結果として様々な人が論争に参加したという事実がありました。最近ではオバマ大統領が最低賃金値上げを実施しようとしており、国民の間でまた再び論戦が巻き起こっているようです。
一方の日本ですが、相対的貧困率がOECD34か国中10番目に高い、先進国に限っては2番目に高いという事実があるにもかかわらず、最低賃金について発言している人の数はとにかく少ないという悲しい現状があります。
すなわち今回の「1500円マクドナルドデモ」についても、主張の妥当性や現実性はさておき、これをきっかけにして、日本でももっと大々的に、働く人も学者もマスコミも政治家も経営者も色んな人が出てきて、国民的な議論が行われるようになればいいのではないでしょうか。
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「最低賃金と雇用の減少の関係」については、次の本にわかりやすく書かれています。
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引用元:
中嶋よしふみ「マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ」BLOGOS
「ファストフード:世界同時 賃上げ1500円アピール」毎日新聞 2015年4月15日
Paul Krugman「Power and Paychecks」NewYork Times 2015年4月3日
「OECD雇用見通し2006の低賃金論」hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)2007年5月22日