15/12/14:追記
最近のイスラム国の暴虐非道ぶりを見るに、イスラム国を称賛する大変愚かな文章を書いてしまったと反省しています。自戒のため、文章それ自体は残しておくことにします。
最初に
この度の邦人人質事件が不幸な結果に終わり、お二方の尊い命が失われてしまったこと、謹んでお悔やみ申し上げます。
イスラム国という不可解な存在
我々日本人にとって中東とはその地理的な結びつきの薄さから馴染みの薄い存在であり、マスメディアを通して語られるその様態には私たちの価値観からすれば違和感を抱くものも多い。イスラム国についてはその最たるものであり、ニュースを通して伝えられるのは銃を掲げ覆面をした男たちによる残虐な行為ばかりである。そんな様子を目にして、この集団を野蛮、時代錯誤の極めて不可解な存在と捉えている人々が多いのではなかろうか。
しかし本著『イスラム国 テロリストが国家を作るとき』はイスラム国に対して新たな視点を提供してくれる。著者ロレッタ・ナポリオーニは述べる。イスラム国が先行したどの武装集団と決定的に違う点はその「近代性と現実主義」にあり、これがイスラム国がこれまで大成功を収めてきた理由である、と。
近代性と現実主義
本著においてイスラム国の近代性と現実主義を物語るエピソードは数多い。
・国際的な協調介入がシリア国内においては不可能であることを察知すると油田地帯のシリア東部を制圧した。これによって反シリアの周辺国から支援を受けずに済むようになり財政的に独立、一介の武装集団から新しい地域支配者へと成り上がる。
・制圧地域内では道路の補修、電力の供給などのインフラ整備に加えパン工場や食糧配給所の設置による食料の無料提供、孤児相談所の設置と養子縁組の仲介、保健・医療の提供など数々の社会改善プログラムの提供により住民の生活水準の向上に努める。
・ソーシャルメディアを巧みに活用し、残虐行為をスマートな動画や画像に編集して、世界中の視聴者に配信。恐怖は宗教の説教などよりはるかに強力な武器になり、プロパガンダの方法として優れている。
・時には相手のプロパガンダさえ巧みに逆利用する。イラク戦争の際にアメリカが戦争の大義づけのために捏造し流布したザルカウィの話を逆手取り、イスラム国指導者バグダウィの神秘性と権威性を高め、バグダウィの主張するカリフ制国家の建設にまつわる神話を作り上げることに成功した。
・「スンニ派のムスリムにとって、ユダヤ人にとってのイスラエルとなる」ことを掲げ、第一次世界大戦後のサイクス=ピコ協定によって取り決め奪われた土地を自分たちの手に取り戻す姿勢は、不正・不平等・腐敗が蔓延し社会経済システム全般が破壊され疲弊した中東地域住民のみなならず、マイノリティーとして劣悪な環境での生活を余儀なくされる先進国のムスリム移民、またはグローバル的な経済不況下で苦しむ先進国の若者にまで希望を与える存在となっている。
海賊との類似性
さて、私は本著を読んでいてある1冊の本のことを思い出した。それは『海賊の経済学』(ピーター・T・リーソン著)という本である。この本は我々が残虐暴虐な組織だとイメージする「海賊」が、その実、極めて合理的な組織であったことを(「経済学」とタイトルに付いているので如何にもといった感じだが)インセンティブや負の外部性、プリンシパル・エージェント、フリーライダー問題といった経済学の概念を用いて説明していく本である。実際2冊を読み比べてみると、合理的という面で海賊とイスラム国が似ていることに気付く。
例えば、海賊の残忍で暴虐的なイメージは、収奪の際の抵抗リスクを最小化しつつ最大限の益を得る(反撃を未然に防ぐ、宝を隠したり海に捨てたりせず素直に渡させる)ために海賊自らが作り上げたブランディングの賜物(なじみ深いドクロのマークもこの一環)だった、との記述が『海賊の経済学』にある。これなどソーシャルメディアを最大限駆使し、恐怖によって相手の行動を意のままに操ろうとするイスラム国にそのまま当てはまる。他にも海賊・イスラム国どちらの構成員とも参加/退出が自由であった点など、両者の共通性は多い。
より正確に言うと、経済学の範疇で理解すれば私たちが抱くイスラム国の奇妙奇天烈さも多少は薄れるのかもしれない。例えば残虐な処刑方法は最小コストで最大利益を得るため、地元住民へのインフラ整備は統治のためのインセンティブによるもの他の武装集団に比べイスラム国の兵士の俸給が圧倒的に少ないことなどについても、カリフ制国家設立という理想による道徳的インセンティブ付けを兵士に行うことによって集団運営コストを最小限にしているといえる(これは日本においては「やりがいの搾取」という言葉で知られている)などなど…。そもそも武装集団から擬装国家の形態に変質したのも、そのほうが統治上有利であったためではないか…etc、考え浮かぶことは尽きない。
おわりに
他のイスラム国に関する本の多くがイスラム国の内面、その思想性に着目するのと異なり、本著『イスラム国 テロリストが国家を作るとき』はイスラム国がなぜその勢力を拡大することができたのか、ファイナンス戦略、統治戦略、広報戦略、マーケティング戦略など様々な点から構造的に分析している点が特徴で、それまでと違ったものの見方を提供してくれる本だった。
自分自身、今までイスラム国に関してはその不可思議さから知ろうとする意欲がわかなかったのだが、この本は不可思議の雲を吹き飛ばしてくれた。『海賊の経済学』においてはプリンシパル・エージェント問題が無いことによる組織形態の合理性が強調されていたが、この点はイスラム国ではどうなのか、などなどイスラム国について更なる情報を集めていきたいと思わせてくれた1冊である。
紹介した本
イスラム国 テロリストが国家をつくる時 (文春e-book)
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エヌティティ出版
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