ファミコンやスーファミで馬券購入。JRA-PATサービスの終了とその歴史
世の中にひっそりと存在するモノや文化、サービスなどを動画で紹介していく新コーナー、「なるたけマニアックス!」
第1回は、2015年7月31日に約24年間のサービスを終えた「JRA-PAT(パット)サービス」を紹介します。
日本中央競馬会(JRA)によるこのPATサービスは、ファミコンやスーパーファミコン、ドリームキャストといったゲーム機から馬券が買えるというもので、登場した当時は大変画期的なものでした。
そして1991年の4月のスタートから今年2015年7月31日の終了まで24年もの長きに渡って続いたサービスの原型は、任天堂にゲームとネットワークの融合の楽しさを教えてくれた、あのサービスが原型でした。長寿サービスの軌跡を追います。
—
24年間続いた「JRA PAT」サービスが、2015年7月末に終了へ
「PAT(パット)」と言われても、その名を初めて耳にした方も多いかもしれない。
これは、JRAが行っていた電話回線を用いた馬券購入サービスのことだ。サービスを受けるには、専用端末もしくは専用ソフトの購入が必要だった。
ここで注目すべきは、サービスは専用端末のみならず、ファミコンやスーパーファミコン、はてはドリームキャストといったゲーム機でも提供され、しかもそれが今でも続いていたということだ。
すなわち、32年前に発売されたファミコンや25年前に発売されたスーパーファミコンから、21世紀の今日においても馬券が買えたのである。
(画像元:「レアものブログ MSX ファミコン」様)
さて電話回線から馬券購入が出来るこの「JRA-PAT」は、1991年4月、ファミコンでサービスが開始された。なおシステム自体は、1988年に登場した「ファミリーコンピュータ ネットワークシステム」を援用している。
このファミコンネットシステム、爆発的な普及台数を見せたファミコンに目を付けた野村証券が、任天堂に声をかけた結果できたもので、「通信アダプタやカードをファミコンに組み合わせて電話回線に接続、すると株式の売買ができる」というものだった。
ファミコンネットワークシステムと言ったらこれ。「ファミコントレーダー」
今の時代ではスマートフォンやPCからインターネット経由で簡単におこなえてしまう株取引だが、当時は今と異なりスマホやネットはもちろん、Windows95登場もなおのこと、パソコンもまともに普及してなかった時代。黒電話(といっても今や通じない世代の人が多い…)すら残っている世界である。
そんな巷間にあって、ファミコンネットシステムは当時として大変画期的なものであり、そこにバブル期による株投資熱の高まりが加わって、結果として13万台という、大健闘と言える売り上げ台数を見せることになった。
ファミコンで株取引という姿、今考えてみると奇妙奇天烈摩訶不思議としか言いようのないものだが、いやはや、何が起こるかわからないものである。
この通信アダプタの開発は、任天堂にしてネットワークとゲームソフトの融合に目を向かせることとなり、その後におけるスーパーファミコンでの衛星放送配信サービス「サテラビュー」開発へとつながることになる。
これまたすごい話だ。
さて、そんなファミコンネットシステムの好調さに目を付けたJRAが任天堂に声をかけて91年に誕生したのが、ファミコン版「JRA-PAT」。
実際に使用してみると、まだインターネットが発達していない時代のものということもあり、当然のことながら利用する度にいちいち電話料金がかかる。
しかし、それでも以前から存在していた、オペレータと直接電話でやり取りして馬券を購入する「CRT」方式が入会金で10万円かかっていたのと比べると、初期費用が遥かに安くてすむというメリットがあった。
加えて武豊騎手やオグリキャップ、そしてゲームソフト「ダービースタリオン」やマンガ「ミドリのマキバオー」などに代表される競馬ブームも手伝い、着実に販売台数を伸ばし続ける。
ファミコン版発売後には、スーパーファミコンやドリームキャストでもサービスが提供されたほか、専用端末や専用PHSも用意されたが、発売から4年後の95年の時点で、シリーズ合計で10万台の販売台数を達成しようとしていたという。
余談として、売れた台数のほとんどはファミコン版であったとのこと。
なお、サービスを受けるためには、併せて3万円ほどの専用ソフトと通信キットの購入に加え、PAT会員にならなければならなかった。
加えて会員になるためには、JRAが定期的に行っている会員募集に申込をし、そこでの抽選に当たってようやく会員になれたという。
その後、21世紀に入ってからは、インターネットが本格的な広がりを見せる中で、ネット通信を用いて馬券を購入するIPAT方式が誕生。それが主流となっていくことにより、PAT専用端末や専用ソフト、通信キットはいずれも販売終了となった。
しかしそれでもサービス自体はその後も終わることなく、この度の2015年7月31日のサービス停止まで、足かけ24年以上の長きにわたって続いたのである。
元々のシステムであるファミコントレーダーが、バブル崩壊による株取引熱の低下により短命に終わったのと比べると、この「JRC-PAT」は、実に長命なサービスだったといえるだろう。
まさに変わることの無い競馬のおもしろさが生んだ、長きに渡るサービスだったのだ。
参考文献:
『日経エレクトロニクス』1995年9月11日号「ファミコン開発物語」
Wikipedia