大学院文系博士課程修了者の進路:15年3月版と、「博士が100人いる村」のデマ
経団連所属企業を中心として、日本の大手企業(経団連加盟企業)の雇用形態の根本にあるのは「年功序列型終身雇用定年制」。そしてそれを前提としての「新卒学士を中心とした採用」と「現場でのOJT(On-the-Job Training)を通しての業務内容の教育」が高度成長期以後の日本型企業の労働形態の特徴なのはよく知られたところ。
それゆえ博士課程に進む方々が、その専門分野における高い能力にもかかわらず、年齢面や所持する能力と企業側から求められる能力とのミスマッチゆえに就職の際において苦戦するのは、私のような博士課程に進学すらしたことのない低学歴な人間がわざわざ言わずとも、わかりきったものです。そしてとりわけ文系においてその傾向が強いというのも、シグナリングがどうとか人的資本がどうとかそういう話は経なくても言うまでもありません。
さて今回は、2015年12月に公表された文部科学省『学校基本調査』から、文系博士課程修了者の進路先のデータを元に、図表にしてみました。
平成27年3月に博士課程を卒業した人間は計15,684名。そのうち全体のおよそ2割、約3,000名ほどが人文科学・社会科学・教育系などの「文系博士課程」を卒業しています。
・博士課程の状況別 卒業者数(平成27年3月)
計 | 進学 | 就 職 者 | 専修学校等 | パート・アルバイト | 就職でも進学でもない | 死亡・不詳 | |||
区分 | 正規 | 非正規 | |||||||
平成27年3月 | 15,684 | 152 | 8,046 | 2,465 | 113 | 944 | 2,967 | 996 | |
人文科学 |
1,182 | 26 | 242 | 180 | 23 | 156 | 379 | 176 | |
文学 | 222 | 5 | 34 | 34 | 5 | 31 | 68 | 45 | |
史学 | 125 | 5 | 34 | 15 | 2 | 14 | 30 | 25 | |
哲学 | 148 | 10 | 23 | 28 | 5 | 23 | 32 | 27 | |
その他 | 687 | 6 | 151 | 103 | 11 | 88 | 249 | 79 | |
社会科 学 |
1,150 | 13 | 434 | 142 | 9 | 74 | 307 | 171 | |
法学・政治学 | 244 | 1 | 78 | 40 | 5 | 12 | 60 | 48 | |
商学・経済学 | 478 | 8 | 199 | 51 | 3 | 39 | 126 | 52 | |
社会学 | 134 | - | 47 | 12 | 1 | 9 | 31 | 34 | |
その他 | 294 | 4 | 110 | 39 | - | 14 | 90 | 37 | |
家政 |
50 | - | 21 | 11 | - | 5 | 11 | 2 | |
食物学 | 20 | - | 10 | 2 | - | 2 | 6 | - | |
被服学 | 2 | - | - | 1 | - | - | 1 | - | |
その他 | 28 | - | 11 | 8 | - | 3 | 4 | 2 | |
教育 |
423 | 2 | 171 | 68 | - | 28 | 96 | 58 | |
教育学 | 288 | - | 117 | 45 | - | 13 | 73 | 40 | |
教員養成 | 49 | - | 32 | - | - | 9 | 2 | 6 | |
体育学 | 84 | 2 | 20 | 23 | - | 6 | 21 | 12 | |
その他 | 2 | - | 2 | - | - | - | - | - | |
その他 |
1,868 | 20 | 770 | 322 | 7 | 130 | 475 | 144 | |
社会・自然科学 | 215 | 3 | 89 | 33 | 1 | 21 | 56 | 12 | |
人文・社会科学 | 348 | 4 | 116 | 47 | 3 | 23 | 118 | 37 | |
その他 | 469 | 9 | 182 | 75 | 2 | 25 | 123 | 53 |
・文系博士課程卒業者の進路
図にすると、全体的に大変な様子が伝わってきますが、とりわけ人文科学系では正規雇用の職に就くのは2割。そして「パート・アルバイト+就職でも進学でもない+非正規職員」で6割近くを占めています。
人文系よりは就職の道がある社会科学系、教育系でも正規職に就いたのは4割ほど。
・「学校基本調査」の調査上の欠点と「博士が100人いる村」のデマ
なお課程によっては2割以上を越える「不詳・死亡」ですが、これは単に「学校基本調査」の調査期日が5月1日までと卒業から日が早く、進路が不明なものが多くいるなど調査不備が生み出す統計上のマジックでしょう。
確かに博士課程の方の就職は大変かもしれませんが、それが必ずしも自殺者や行方不明者の多さを意味しているわけではないようです。
死亡・不詳の者
卒業後、調査期日の5月1日までに死亡した者と、学校で卒業後の状況がどうなっているかまったく把握できていない者。
出典:「学校基本調査-用語の解説 文部科学省」
現に、文部科学省が2010年に行なった調査(「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究」)で博士課程卒業者の11月時点での進路を追跡して調べたところでは、「死亡・不詳の者(図表において青色)」は半減しています。
それにしても時々、この統計上のマジックを悪用し「博士が100人いる村」なるおとぎ話が作られたり、またはマスコミのセンセーショナリズムと結びついて目立とうとするインチキ学者が現れるといったことがあります。
良く知られた通り人間という生き物は利得より損失に反応する(行動科学におけるプロスペクト理論)ものですし、今回の話に至っては誰しもが抱える将来への不安を煽っているわけですから、まったくもって恐ろしいというか最低ですね…。
・童話「博士が100人いる村」(悪意あるデマ)
・まとめ
長々と書いてしまいましたが、要するに言いたいのは次の3点です。
- 確かに文系博士課程の方の就職は大変かもしれませんが、「博士が100人いる村」は学校基本調査の集計期間を悪用した統計上のトリックです
- 実際はそんなに死亡しておりません
- 人間にはプラス感情よりマイナス感情に反応しやすいという特性がありますから、センセーショナルを煽る事象には気を付けたいものです
そのほか、ここでは図表にしていませんが、同じく「学校基本調査」内にある「博士課程の産業別 就職者数」によれば、人文・社会科学問わず就職した人の職種は7割ほどが「学校教育(教員)」、1割ほどが「学術研究機関」、残りが「他の業種」でした。元データでは正規・非正規の分類はされていません。
それにしても、先日どっかの海外オンライン記事かなんかで「アメリカでは経済学系博士課程の就職率はかなり良くなっている」みたいなのを読んだ記憶がある(探したが見つからず)のですが、なるほど、実務系の専門職大学院である教員養成課程を除けば、経済系の(文系の中での相対的な)就職率の良さは日本でもみられるようです。
参考文献
平成27年度「学校基本調査」文部科学省
「博士課程修了者の進路実態に関する調査研究」文部科学省