kindle unlimitedで学部レベル経済学教科書の決定版『ミクロ経済学の力』が読める
先日から始まったAmazonの本・雑誌の定額読み放題サービス「kindle unlimited(キンドル アンリミテッド)」。読み放題とはいえ、サービスに対応している本・雑誌は当然ながらAmazonで流通しているもののごく一部。と言っても12万冊はあるようです。
対象となっている本を眺めてみると、同種他社のサービスが500円ほどの値段で雑誌中心なのに対し、さすがに1000円近くするだけあって書籍もそこそこ充実しています。
とはいえ、用意された本は基本的に残念なのが多いのですが、それでも光るものもあり、今回紹介する神取『ミクロ経済学の力』もその1冊。
僕も持っていますけど、大学学部~大学院1年ほどの難しさのミクロ経済学の本で、これ以上にわかりやすく書かれた本となると、あとは公務員試験の本くらいしか無いのではないでしょうか。とにかく圧倒的なわかりやすさにより、発売以来話題を呼んでいる本です。
それにしても、一般的に経済学の本というものは、ひたすら数式の記述が続きますから(一部のマニア以外は)まあ読んでいてつまらない。
これが哲学書なら、いかにもな心揺さぶられるレトリックとアネクドートに満ちていますし、一方数式ばかりの本でも物理学辺りなら、その厳密さ溢るる論理と記述で「俺は今、真理に触れているぞ」みたいな感慨に浸れるものですが、経済学にはお話も真理もどちらもありません。あるのは地味な実証ばかり。
まあ本書も教科書なので数式がでてくることにはでてきますが、そこは「坂田アキラ」や「マセマ」などの高校数学の参考書のごとく丁寧な解説が行われ、加えてTPP・老人医療費補償・混雑税・地球温暖化・排出権取引・所得分配・原油価格・電力会社の価格などなど、これでもかこれでもかと具体例が取り上げられ、とにかく飽きさせず、わかりやすく、そして面白く仕上がっている本となっています。
この本は「経済学」が嫌いな人にこそ、読んでいただきたいものです。
ありていに言って、恐らくこの世のありとあらゆる学問のうちで最も人々に嫌われているのが、経済学なんでしょう。とりわけリベラルな方や人文系の人は基本的に「経済学/経済学者が大嫌い」と言って良いのでは。僕は知り合いにおサヨクかつ人文系の人が多いのですが、彼/彼女らが「経済学」ないし「経済学者」について語る際には絶えずDisワードが付きまとってきます。
確かに彼/彼女らが口にするように資本主義はゴミで、この世界は様々な問題を抱えている。それを支えている経済学も同じくゴミだ、というのは尤もでありその通りかもしれない。
しかし、だからと言って社会のメカニズムに対する知見が詰め込まれた経済学を丸っきり無視していいのか。そしてリベラルが経済学を思い切り無視しているが故の無知と怠慢と傲慢に付けこまれ、保守派にいいようにやられてしまっているのが現状ではないのか。
某アベノミクスなんて正にその典型でしょう。アベノミクスというのはインフレターゲットという実に直観的にわかりやすい代物(でも実証効果は認められていない)+昔ながらのバラマキ財政政策(これも効果はとうの昔に失効した)の組み合わせであり、要するにこれはポピュリズムそのままです。しかしアべノミクスを唱えた党が選挙でボロ勝ちしている現状が続いているのは言うまでもありません。
こんな話もあります。数年前厚労省は生活扶助費の削減を行いました。「大幅な物価下落が続いているから」というのがその理由。しかしこの根拠とされた物価下落の計算はかなり詐欺的なもので、通常物価指数として用いられるラスパイレス指数に、あまり一般的ではないパーシェ指数を組み合わせ、いかにも大幅な物価の下落が起こっているかのように見せかけるというものでした。彼らは財政支出削減のためならどんな汚いことでも行ないます。
また経済学というと「市場原理主義の走狗」だとか「金儲け=資本家や経済界のためだけの学問」みたいな印象がありますが、本書で学ぶと、実のところそれが間違いだということが分かります。
例えば「経済学は市場原理主義の走狗ではない」ということについて、書籍版p.333~335を開くと次のとおり
競争市場を離れたもっと一般的な経済や社会の問題においても、個人の利益追求が社会全体の利益追求に直結するのだろうか。これにイエスと答えるのが、いわゆる自由放任主義の社会思想である。
(中略)しかし、上のような考えがもし正しいとすると、囚人のジレンマにおいても各人が合理的にふるまえば、効率的な状態が達成できてしまうことになる。(中略)これは明らかにおかしいことが分かるだろう。
(中略)では、素朴な自由放任主義の考えの、どこが間違っていたのであろうか。
(ゲーム論の分析によれば)アダム・スミスが述べたような、個人の自己利益追求が社会全体の利益を最大にすることは、競争的な市場では成り立つものの、より一般的な社会や経済の問題では成り立たないことがむしろ普通である。
このことを改善するには、効率的な行動を人々が採るように、適切な報酬や罰則を与える、つまり正しいインセンティブ(誘因・動機づけ)を与える制度を設計することが重要になる。
ゲーム理論はこのようなことを体系的に明らかにし、「市場を通じた自由競争の促進」一辺倒だった経済学の関心を「適切なインセンティブをあたえる制度設計」に大きく転換させたのである。
TPPやグローバル化に対する単純な礼賛の話など、個人的には受け入れられない話もあったものの、それでも本書を読んだ後には、経済学とは「金儲けのための学問ではなく、数学という厳密に物事を考えられるツールを用いて人々を幸せにするための学問」であり、「経済学も本当はこのゴミのような資本主義社会を良くするために考えているんだよ。経済界の偉い人のためだけにあるんじゃないんだよ」ということが理解できるのではないでしょうか。
【関連本7冊の紹介】
今回は「わかりやすい経済学初心者向け本」という観点から選んでみました。
・本書『ミクロ経済学の力』はわかりやすいですが、それでもどうしても数式が出てくるので、そのようなものが(あまり)無いものを読みたい場合は、蓼沼『幸せのための経済学』、キシテイニ―『経済学大図鑑』、マンキュー『マンキュー 入門経済学』、スティグリッツ『スティグリッツ入門経済学』
・マルクス経済学と主流派経済学との接点、ないし現代経済学の入門としては川越『現代経済学のエッセンス: 初歩から最新理論まで』
・ミクロ経済学は分析対象が個人や企業などであり、人によってはつまらないかもしれません。もっと大きく国家社会のことを知りたい場合は、マンキュー『マンキュー マクロ経済学I・Ⅱ』、中谷『入門 マクロ経済学』、脇田『マクロ経済学のナビゲーター』