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なぜ格差が拡大しているのに、日本人の多くは未だに中流意識を持ったままなのか?
(2018/7/8 表現、内容を修正)
数年前、社会学者・古市憲寿さんの『絶望の国の幸福な若者たち』という本が話題になりました。
内容としては、
「若者は客観的には絶望的な社会状況が到来しつつあるけど、別にこの現状に立ち上がったりしない。なぜなら若者は主観的には幸せだから」
というもの。
この本の主張は、根拠としているデータの解釈妥当性から始まって、色々とズサンなものでした。学術本というよりは、まるでエッセイ小説(エッセイをバカにしてるのではないです)といったほうが適切であり、そのまま鵜呑みにすることは、実に愚かなことであるように思われます。
しかしそれでも、古市さんの言わんとすることがわからないでもありません。
例えば2016年6月実施の内閣府「国民生活に関する世論調査」では、収入・所得については不満も多いものの、9割以上の人が自分の生活は「中」だと感じています。過去のデータと比べると、同じ中流でも1960年代半ば頃と現在を比較して、「中の下」の割合が3割程度から2割強に低下し、また「中の上」が6~7%から13%近くに上昇しています。
ここ最近では、社会の格差拡大化に関する話はよく聞くところ。それにかかわらず、なぜ多くの人は中流意識を抱えたままなのでしょうか。少し考えてみます。
◆ 日本人はなぜ中流意識を持ったままなのか
①:「意識が高止まりしたまま、経済状況に追いつけない」説
日本人の中流意識の強さについて、社会学者の盛山和夫さんは「生活水準『中イメージ』の断続的変化説」を唱えています。
そのポイントは次の通り。
①:時は行動経済成長期。人々は、自らが属する階層への意識を判断する判断基準が大きく変化しないまま高度経済成長によって生活水準が上昇
②:これにより、実際は低収入のままの人でも、さまざまなモノを所有できるようになった。
③:ここではたとえ所得分布が下位に位置する人でも、家電なり車なりモノを所有しているので中流意識を持ちやすい
④:その結果、経済的事情と意識の関連の結びつきが弱まることになる。階層意識というのは、長い間固定しやすいから、経済事情が低下しても意識は中流のまま、漂い続けている
②:「日本の格差は見せかけ」説
また日本社会の格差の性質にもその原因があるのかもしれません。
日本社会の格差拡大については、「マル金、マルビ」なんて言葉が流行語となったように、実のところ、1980年代にはすでに始まっていました。そして格差拡大の主要因として専門家の間で指摘されていたのは、「人口高齢化」でした(本などでは大竹文雄『日本の不平等』など)。
例えば大企業社員と中小企業社員の年収差を見ても分かるように、一般的に勤労所得は高齢になるほど差が付いてくるものです。そういえばこの高齢化における格差拡大は、数年前ブームとなったピケティ『21世紀の不平等』でも取り上げられていました。
ですから、実際は同一世代において格差が拡大していなくても、世の中が高齢化すると、それだけで見せかけの数字上では所得格差が生じてくるようになります。
事実、玄田有史・学習院大学教授が1999年に調査したところでは、1980年代前半と1990年代後半を比較して、同一の性別、年齢、学歴の階層内部での賃金格差は見られませんでした。
「見せかけの格差拡大」が起こっているのだとしたら、当然のことながら、中流意識の崩壊は起こりようもありません。
③:「非正規雇用の増大により、一部の人間だけが転落」説
ただ、だからといって日本社会の格差が見せかけのものかといえば決してそうではなく、最近では専門家からも、格差拡大の要因として、高齢化に加え「非正規雇用者の増加」が指摘されるようになっています。
特に若年世代においては、非正規雇用が増えることによる低所得者の増加、消費格差の増大、階層移動性の硬直化 (一度フリーターになったら、その後、2度と正社員になれない、など) といった現象が見られるのは良く知られたところ。
ただ、この「非正規雇用者の増加による若年世代を中心とした没落」にしても、被害を受けている人々は全体の2割程度。いわばマイノリティーなので、格差が拡大するにも関わらず、多くの人には関係のない話となります。
よって、マジョリティー、しいては社会全体としては相変わらず中流意識が保たれることになります。
【ポイント】
・最近では、雇用環境の悪化により、実際に没落している若者やロスジェネ世代がいる
・ただ、これらの人は全体では少数派なので、大多数の中流意識には(残念ながら)関係ない…
◆ 少数者の貧困が保存される日本、変革の可能性があるアメリカ
数年前、アメリカで「オキュパイ・ウォール・ストリート」という反格差運動が行われ、運動として大きなうねりを獲得したことがありました。ご存知の方も多いかと思います。そこでのスローガンは「We are the 99% (われわれは99%だ!) 」でした。
日本と同じく、格差社会化が進むアメリカ。しかし、その格差の中身は日本と異なります。
日本の格差が所得下位2、3割の没落となっている一方で、アメリカのそれは、上位1%ないし0.1%の人々が資本所持により特異的に豊かになり、それ以外の人は総じて、貧困の憂き目にあっているというもの。
・アメリカのトップ1%の所有する富は、平均家庭の288倍
オバマが当選した際もトランプが当選した際も、どの候補者も貧困対策を主張していたのがアメリカ大統領選。そこからわかる通り、この国においては格差や貧困対策が主要な政治テーマになっているのは一目瞭然。
一方、日本の場合、貧困や格差は話題に上ることはありますが、アメリカほど主要なテーマにはなっていません。
さきほど「非正規雇用の増大により一部(2、3割)の人間だけが転落」説が出てきましたが、結局のところ、「中産階級以上の暮らしが出来ている多数の人」で構成されている日本においては、貧困が社会の切実な主要な問題になることはないのでしょうか。
そう考えると、アメリカのほうが状況が改善する可能性は高く、その一方で、日本の貧困はいつまでたっても放置され続けるのかもしれません。
何しろ99%の人々が貧困に喘いでいる世界と、マイノリティーだけが苦しんでいる世界では、民主主義のシステムの下では前者のほうが世界が変わる見込みが高いことは明白ですから。
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参考文献:
盛山和夫(1990)「中意識の意味」『理論と方法』5(2):51-71
state of working america.org “Ratio of average top 1% household wealth to median wealth, 1962–2010”