正社員の労働時間が90年代から変わらない日本、6時間労働が導入されるスウェーデンと世界に広がる労働時短
・スウェーデンのようす
・正社員の労働時間が90年代と変わらず、長時間労働なままの日本
日本の労働時間が長いのは良く知られたところ。
統計上の見かけでは労働時間は減少しているものの、しかし実際のところそれはパートなど非正規雇用者が増えたことによるトリックで、正社員に限定すれば、それは90年代から全く変わらず長時間労働なままなことが報告されています(山本 勲、黒田 祥子『労働時間の経済分析』など)。
・正社員の労働時間はむしろ増える一方で、パート等非正規雇用者の労働時間は減少する「労働時間の二極化」が起きている
これは、非正規雇用者は雇用の調整弁として扱われるため
前掲の『労働時間の経済分析』によれば、「日本では、企業側・労働者側双方に正社員の労働時間を長時間化させるインセンティブがある」とし、それは「現状の労働法制を変革しない限り、変わらない(ともに要旨)」モノだとしています。
長労働時間と過労については、最近では電通の若手女性社員の過労死自殺が記憶に新しいところ。
この電通という企業は、90年代も若手男性社員が過労死から自殺を図ったことが知られていますが、現状の労働制度のままでは、また第3第4の電通過労死事件が出てきてしまうのでしょうか‥。
・世界中に広がる「労働時間減少への取り組み」
一方で世界的には、労働時間の減少を試行する取り組みが盛んになりつつあるようです。
①:スウェーデンの「1日6時間・週30時間労働」
スウェーデンでは第2の都市・人口約52万人のヨーテボリにて1日の労働時間を6時間、週の労働時間を30時間にする社会実験が試行中です。
これは同市の第1党(導入当時)で左派・社民党と連立政権を担う中道・緑の党が中心となって導入されたもの。この1日6時間労働、多くのメリットが報告される一方で、デメリットも報告されています。
・6時間労働のメリットとデメリット
メリット
①:作業効率の向上、病欠者の減少
肯定的な意見として一番寄せられているのがこれ。
特に病院や介護職など、業務とプライベートが明確に分かれる業種において顕著なようで、8時間労働から6時間に労働時間が減少した結果、心身ともに健康になり、結果として作業効率も向上、サービス受給者へのサービスの向上にもつながったとのこと。
「私は以前は疲れ果てていました。仕事から家に帰るとソファーに倒れこんでいた」と話すのはヨーテボリの公営老人ホームに勤めるライズ・ロッテ・ペターソンさん。「しかし今は違います。私は仕事と家庭生活のためにはるかに多くのエネルギーを持てるようになったほか、介護の質が上がり、入居者にとってもプラスになりました」と同氏。
一方、「時間がお金よりもかけがえのないものだということに気が付きました」と話すのは、スウェーデンの首都、ストックホルムのゲームアプリ企業FilimundusのCEO・リーナス・フェルト氏。
・Filimundusのメンバー
「2時間早く家に帰ることができるのは、働くことへの強い動機づけになります。6時間でいい仕事をしようと努めるので生産的になり、集中力が増し仕事が効率的になりました」とフェルト氏。
レポートによれば、労働時間時短を取り入れた多くの中小企業において、作業効率の向上、病欠者の減少が認められているそうです。
②:生産性の向上
OECDの統計レポートにおいても、短時間労働と生産性の向上には相関関係が認められるとしています。
③:日系企業でも成果
また興味深いのは、これらの6時間労働運動はトヨタなど日系企業においても成果を見せているということ。
・ヨーテボリ市を走るトヨタ車
日本の長労働時間について時に寄せられる意見として、「日本人は働き蜂」「日本の心性」あるいは「日本風土の精神性」など、主に”日本”という精神論的なものにその因を求める意見が(主に高年齢者層を中心に)見られますが、”日本的なるもの”の発露たる日系企業において時短労働が効果を発揮していることは、これら精神論が成立しないことを意味します。
現に前掲の『労働時間の経済分析』によれば、日本人や日本企業においても、日本の労働法制が働かない海外現地法人においては、総じて労働時間が減少する傾向が認められるとのこと。
④:収益性の向上
労働時間が減少するとなると、収益性の低下を考えてしまいそうなものですが、前掲のトヨタのヨーテボリ事業所では、先述の作業効率の向上とシフト制の導入、休憩時間の減少によりこの問題を克服。収益が25%増加したそうです。
デメリット
①:コストの増加
6時間労働は多くの場合において、労働賃金は8時間労働の時と同一なため、単純に導入するとコスト増の問題にぶち当たります。
例えばブルームバーグのレポートによれば、ヨーテボリにある老人ホームで6時間労働が試された際、確かに職員の健康状態の改善と病欠者の減少、入居者へのケアの向上が見られたものの、約1200万クローナ(およそ1億5300万円)の費用がかかってしまったとのこと。
そのため企業、もしくは企業をスポンサーとする政党からはこの取り組みに反対する声も多く、先のヨーテボリ市にしても、企業の強い反対により2017年からは時短の取り組みが縮小することになってしまいました。
・ヨーテボリのようす
②:フランスの週35時間労働と業務時間外メール禁止法
フランスでは2000年から週35時間労働制が導入されるようになりました。労働時間は短縮したにもかかわらず、フランスは未だとして競争力を維持しており、OECDのレポートによれば、EU主要国においてフランスは時間当たりの生産性が最も高いものとなっています(2008年)。
元々はワークシェアリングによる雇用増が目的とされたこの改革ですが、生産性は高いまま雇用増も達成しており、ほぼ当初の目論見通りいっているようです。
ただこの35時間労働、かならずしもバラ色なことばかりだけではなく、労働時間短縮による、雇用者側の被雇用者側へのプレッシャーが高まったとのこと。そのため、ブルームバーグは、
「雇用主は失われた5時間を取り戻そうと、従業員にさらなる結果を求める。それが職場でのストレスと暴力が増加する温床になっている」
と報告しています。
またフランスの労働者は2017年1月1日以降、勤務時間外に業務上のメールを見なくても良い権利を獲得しました。
③:ドイツのコリドール規定と労働時間口座
労働時間の設定を一定の幅で認める制度がドイツの「労働時間回廊(コリドール)モデル」です。
これは労働時間を標準労働時間から逸脱することを認めるもので、業界や労働協約分野によってその範囲には差があるものの、所定の週労働時間の6.75%から25%までの労働時間の増減を可能とします。
この先駆けとなったのが自動車でおなじみのフォルクスワーゲンで、同社の工場は1994年、2万人の雇用保障と引き換えに、週4日制を導入しました。
一方、これまでの硬直的で定まった所定労働時間という労働時間から変動する需要に合わせて労働量を調整するというのが、ドイツで採用されているもうひとつの方法「労働時間口座」制。
これにおいては、労働時間は需要期間によって一定幅の範囲内で上下に揺れ、一定期間内に平均値を達成すればよいものとなっています。
そもそも労働需要というものは絶えず変化するものですから、この考え方は理にかなっていると言えます。
ドイツではこれらの制度を組み合わせて労働時間の短縮を達成。OECDのデータ(2012年)では年間労働時間は1393時間となっており、日本の平均1745時間よりはるかに短いものとなっています。
参考文献:
山本 勲、黒田 祥子『労働時間の経済分析』2014年、日本経済新聞出版社
NTTコムリサーチ 「日本人はやっぱり”働きバチ”?」2007年
Dailymail”Sweden introduces a SIX-HOUR working day in bid to reduce sick leave, boost efficiency and make staff happier”2014年4月9日
The Guardian ”Efficiency up, turnover down: Sweden experiments with six-hour working day” 2015年9月17日
The Guardian ”Why working fewer hours would make us more productive” 2015年11月9日
Bloomberg ”Swedish Six-Hour Workday Runs Into Trouble: It’s Too Costly” 2017年1月4日
BBC.com ”フランスの労働者、勤務時間外に仕事メールを見ない権利獲得” 2017年1月1日
ハルトムート・ザイフェルト 『ドイツの失業対策—「雇用の奇跡」と労働時間—』 独立行政法人 労働政策研究・研修機構、2010年3月