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賢い子を産みたいなら、4月に産もう ~マタイ効果と人生の科学、就職氷河期世代の悲劇

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マタイ効果にまつわるもろもろの話、前回の続きです。 前回はコチラ:賢い子を産みたいなら、4月に産もう ~マタイ効果と人生の科学①~  ...
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優れたスポーツ選手は何月生まれか

カナダのホッケー選抜チームの選手を調べると、1月生まれの選手が最も多い。

続いて順に2月、3月生まれとなるが、この3か月生まれで実に全体の40%をも占める。そして月を経るにしたがって選手が少なくなり、10~12月生まれに至っては10%しかいなくなる。

なぜか。

理由はただ単純である。「カナダではリーグのドラフト選手の誕生日の区切りが1月2日で、その日生まれからとその年の選手となることができるから。」

すなわち、人間の体が大きく成長する思春期は、ほんの少しの誕生日の違いが発達に対して大きな違いを生む。誕生日が早ければ早いほど、このホッケーの場合では区切りである1月2日に近ければ近いほど身体が大きくなり、運動能力が高い人間となりやすい。

これは私自身の経験を思い出しても納得する点が多い。

小学校の時、クラスの身長の高い子は大抵4月か5月生まれの子だった。今から考えると、 あれは早く生まれたことの恩恵を受けているにすぎない。その証拠に、大人になって再会してみると大して自分と身長が変わらなくなっている。

話を元に戻せば、つまり1月生まれの子どもは他の月生まれの子どもより早く成長するため、身体が大きく運動能力が高い人間になりやすい。

そして指導者は、そういった子供を才能ありと見なしがちだ。

コーチから一度才能ありと目を付けられた少年は、熱心な指導と恵まれた環境が与えられることで才能を伸ばし、 それがさらなる優秀な指導者と環境を、そしてそれがまた更なる才能の磨きを…、といった感じで正のフィードバック効果が連続し、しまいには本当に優秀な選手となってしまう。

すなわち最初のわずかな違いが、どんどん雪だるま式に大きな差となっていくのだ。ああ、人生の悲劇。

このことを社会学者のロバート・マートンは「マタイ効果」と名付けた。「マタイ」の名は、新約聖書の次の一節から来ている。

「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書 第13章12節)

これはすなわち「富める者はますます富み、貧しいものはますます貧しくなる」なる、生きる上でたびたび遭遇することになる”世界の構図”だ。

ただ福音書においては「金持ち」と「貧乏人」という、財産という人間の一側面のみが語られているに過ぎない。もちろんそれでも十分大きいが。

しかしマタイ効果においてマートンが本質的な問題だとみなしたのは、なにもそれが富だけに当てはまるものではないということだ。

先ほどのホッケーの例がその典型だが、似たようなことはサッカーや野球においてもある。もちろんこれは身体能力についてのことだけではなく、他の分野においても似たような例はたくさんある。

そもそもマートンがマタイ効果のアイデアを思いついたのは、科学者のキャリア形成を観察したからだった。

例えば、仮に能力がほぼ同じである二人の研究者がいたとして、うち一人が何かの弾みで大学に正規雇用の職を獲得し、もう一人は非常勤講師のままであったとしよう。

正規職を得た研究者は、非常勤のままの研究者に比べ、講義の負担が軽く、また学界で有利な地位が与えられるために、研究助成金を得ることや共同研究をしやすくなったりと、論文を発表するのが楽になる。

その結果、キャリアの初めにおいては同じような立ち位置にいた二人が、何らかの偶然によって10年先、15年先には成功のレベルが全く変わってくる。

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マタイの福音書

マタイ効果はすべてに通じる…

さて冒頭のタイトル「賢い我が子が欲しいなら、4月に産もう」についてである。

学力もマタイ効果の影響を受けるモノのひとつで、現に実証結果も出ている。

一橋大学に所属する経済学者の川口大司は、学力を示す「国際数学・理科教育 動向調査」において、日本の中学2年生約9500人の理科と数学の偏差値を調べた。

結果、4月〜6月生まれの子の学力が他の期間に生まれた子よりも相対的に高いことが明らかになった。詳しくみてみると、4月〜6月生まれの平均偏差値が50.4だった一方で、1月〜3月生まれの子の平均偏差値は、48.7だった。

この傾向は最終学歴においても顕著である。

100万人の匿名標本から25〜6歳の男女各26万人分を抽出し、生まれ月ごとに4年制大学卒業(もしくはそれ以上の学歴を持つ)者の比率を計算したところ、男性では4〜6月生まれが27.8%であったのに対し、1〜3月生まれは25.3%で、一方女性では4〜6月生まれ が10.2%、1〜3月生まれが8.6%だった。

川口はこの結果に対し、「極めて大きな標本を使った分析であり、生まれ月による学歴差の存在はほぼ確実にいえる」と述べている。

だからタイトル通りになるのだ。

「子供を産むなら、4月に産まれるよう目指したほうが良い」。

もちろんこの結果は平均的な傾向を表しているだけであり、1~3月生まれの子どもが能力的に劣っているなどと言っているわけではない。現に早生まれでも賢い人はたくさんいる。さもありなん。

ただ現状の制度の枠組み上では、どうしても1~3月生まれの子どもが不利になりやすい構造があり、そのような枠組みは変更する必要がある、そう言いたいのだ。

さてここまでにおいて見てきたように、マタイ効果は社会のありとあらゆるところで顔をのぞかせる。それがまだスポーツ選手の優劣ならともかく、学力の話みたいになると、多大な人びとに対し不平等を与えてしまう。

そして、残念ながら同じような例は他にもある。すなわち多くの人が直面するだろう問題、「雇用」に関してだ。

烙印(らくいん)効果と90年代就職氷河期世代の悲劇

経済学者カーンの研究が示すところでは、失業率の高い時期に就職した者は失業率の低い時期に就職した者より、賃金が最大で20%ほど低くなるという。問題は、この低い賃金が一時的ではなく、就業人生全般において何十年も続くことにある。

また同じく経済学者・ボウラスの調査によれば、就業生活の初期段階において失業を経験すると、その後の人生においても失業しやすくなる。

これらは通常、「烙印(らくいん)効果」として知られている。

すなわち人生において「低賃金労働者」や「職歴なし」、「無職」といった”烙印”が一度押されてしまうと、それがいつまでも続いてしまう。偶発的なできことから一度つけられた差により、どんどん差が広がっていく。

当然ながら人が卒業した時期の失業率と個人の能力は何の関係なく、いつまでも低賃金職にとどまるのはおかしいのだけど、人が一度低い賃金で雇われると、いつしかその賃金の低さは個人の能力の低さゆえと置き換えられ、その人の評価としていつまでも付きまとってしまう。

実際に日本では、1990年代の就職氷河期世代、いわゆる「ロスジェネ世代」がこの被害をこうむった。

そしてロスジェネ世代がそうだったように、社会的な要素によって起因した出来事は、いつしか個人への責任として捉えられるようになる。

2000年代から盛んに聞かれるようになった「自己責任論」などその典型だ。

参考文献:

川口大司、森啓明「誕生日と学業成績・最終学歴」日本労働研究雑誌2007年12月号

Kahn, Lisa B., 2010, “The Long-Term Labor Market Consequences of Graduating from College in a Bad Economy,” Labour Economics, Vol. 17, No. 2, pp. 303–16.

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